日本城巡り
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白巣城

兵庫県洲本市五色町塔下

天正九年(1581) 

安宅九郎左衛門冬秀

028


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天正九年(1581)十一月に、羽柴筑前守秀吉の淡路征伐により、滅ぼされたと伝えられる。

時に、淡路の城主は皆降伏したが、冬秀公只一人が従わず、秀吉の軍勢を攻め、登らぬように

城の登り坂に、竹の皮を敷き占めたが、秀吉軍はこれに火を放し、城を焼き討ちにしたのである。

城主冬秀公は、もうこれまでと覚悟を決め潔く火中に身を投じ、自害し果てたと伝えられる。ところで

白巣城城郭についてみると、中世後期の築城で山上の天嶮を巧みに利用した砦で、城郭白巣山の

丘陵上を削平し、大小十五の台地を造り、それに空堀とか土塁を備えていた。台地の主なものは、

本丸・東の丸・西の丸・米蔵・馬漬場・馬勢場・物見台などで、櫓が築かれていたようである。


私見・登城日2002・08・15  作成日2002・09・08  編集日2006・03・05

都志城から洲本城に行く途中、鮎原付近で白巣城の看板を発見。慌てて右にハンドルを切る。

畔道で車が一台何とか通れそうな細い道を、おそる、おそる進む事、10分。三叉になる。ここに

白巣城付近の見取り図がある。ここを左折して急な登り坂を20分、クーラーを入れてローギア

で高回転するので水温は沸騰寸前
。何とか駐車場にたどり着く。駐車場は30台は停めれそうな

広い駐車場に一台だけ停めて、登城開始。駐車場から道沿いに上っていくと、右側にハシゴガある。

この急なはしごを上がり、あとは道標どうりに歩くこと15分で本丸に着く。本丸から西浦海岸が

見通せ、城としての立地条件はすごいと思った。


本丸から西浦海岸が見通せる

駐車場にあった白巣城の見取り図

白巣城の城碑

本丸跡

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