境内歴史案内

高島郡マキノ町大字知内小字大川924番地
当地は古代、知内川(旧大川)、生来川、百瀬川が琵琶湖に流れ入り、東に、伊吹山、竹生島をのぞみ、
白砂青松の浜に面する清明な自然の神域で、神の鎮座地として、禊の祭祀を行う川社であった。
神社の創建は周囲に集落のできるずっと以前、久遠にして不詳ではあるが、天智の朝には
既に鎮座し、延喜式内社大川神社は当神社のことであると伝えられている。社号は大川明神、
三光明神、川裾大明神、唐崎大明神と尊称され、変遷してきているが、「川裾さん」という尊称が
最も広くゆきわたり、親しまれている。

川すそまつり 例祭7月28日29日中古より、毎年旧暦6月晦日に禊祓の祭祀が行われ、これが
「夏越の祓」とも呼ばれ、川裾祭のいわれである。御霊徳、祓いを受けに近郷近在をはじめ、延宝からも
多くの人々がお参りし、28日の夕方からは沢山の夜店が並び、ゆかた姿も楽しい夏祭りである。
大正時代には大湖汽船の蒸気船が参拝客を乗せて知内に寄港し、境内の土俵場では、近郷の強者が集まって
奉納相撲が、戦前までは大変盛んであった。

古墳・城跡
神社の北側の小丘は古墳時代(7世紀)の円墳(遺跡名唐崎神社古墳)と言われている。
村の人からは庚申塚と呼ばれてきたところである。又、この附近は、北と南に御禊川、殿田川の小川があり、
東は湖水に接し、西は沼田に接する要害の地で、安土桃山時代に「知内城」(知内浜城)が築城され、
中世、戦国時代の城(砦)の特色である竹藪・堀・土塁のなごりが現存している。
川裾宮 唐崎神社

知内城

築城者:村上義明  天正十年(1582)
所在地:滋賀県高島市マキノ町知内924

№448

唐崎神社

堀跡

土塁

説明板

曲輪跡

登城日:平成二十三年四月十日  作成日:平成二十三年四月十二日

大山崎インターから名神自動車道に乗り、約1時間で彦根城が左に観えた。彦根インター出口1kmの渋滞!
彦根城を諦め、長浜城に向かう。米原で北陸道に切り換え順調に進む。長浜城でお花見。長浜城から海津大崎に移動
で、お花見三昧!!。このあと、湖西線で城巡りとして、知内城に来ました。

現在は、唐崎神社となっていますが、境内を堀が巡っていますし、土塁も残っています。
城跡の名残として竹薮が存在していました。
 受付のまえに約10台の無料駐車場あり

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