波賀城

№528

築城者:芳賀七郎 弘長年間(1261年 - 1263年) 
所在地:兵庫県宍粟市波賀町上野

(標高458m)

≪山城≫

⑤ 街道を眼下に

⑥ 波賀城学習資料館(二層櫓)の説明板を写真に収めるのも怖いですね

波賀城は姫路から国道29号線を北に向かい、播磨最北端の地にあり、鳥取県との境の宍粟市波賀町にあります。
城の歴史は資料がほとんどなく、鎌倉時代から室町時代の城主だった中村氏の文書から推察されています。宝永5年(1708)、
宍粟郡山崎町の大庄屋であった片岡醇徳が著した「播陽宍粟郡志」や、宝暦5年(1755)に書かれた「播磨古跡考」などには、
『芳賀七郎』と言う人が居城していたと出ています。その他の資料(兵庫県宍粟郡誌・宍粟郡古城址)などにも、
芳賀七郎(光節、光起など)を初代城主としています。

波賀町に残る「中村又治家文書」には、鎌倉時代中期の弘長年中(1261~1263)に、宍粟郡上野村の古城主であった
波賀七郎光節が勅命に背いたので討手として鎌倉幕府の御家人であった中村氏が古城を攻め、波賀氏を討ち取り、恩賞として
当村の小野村等を貰って移り住んだそうです。この時の伝承として『*馬隠しの伝説』と言うのがあります。中村氏は初代光時から、
戦国時代末期の吉宗まで、20代にわたって波賀城主であったと言われています。中村氏は赤松氏の支配下のもとでその勢力を
維持していたものと思われます。

                                          波賀城史蹟公園パンフレットから

波賀城跡の大手口に冠木門と石碑

① 冠木門をくぐり坂道を下っていきます

② 右に石積みが観えてきます

③ 木の枕木が足元を固めています

④ 二層櫓の右にスズメ蜂が待ち構えています

⑦ 櫓を観て帰りに休憩所で一休みもいいかもv(^o^)v

⑧ 帰り道も綺麗です。秋の紅葉の季節に再訪かな?

⑨ 冠木門まで帰ってきました(ノД`゚)゚ 。

⑩ 駐車場のまえの山にも案内板が

登城日:平成二十五年(2013)六月四日  作成日:平成二十五年六月八日

長水城から鳥取に向う途中、波賀城の麓を通るので急きょ寄ってみることにした。
国道29号線を北上し、兵庫県と鳥取県県境手前の上野交差点(案内板アリ)を右折し、案内板に従い山頂にあがる。

山頂近くの駐車場(無料)に車を停め、12~14分で二層櫓が観えてきます。道中の散策もお薦めです。
櫓からの眺望もすばらしく、しばらく眺めていました。一段うえに祠が祭られていました。

inserted by FC2 system