唐松城

登城日 平成22年(2010)9月13日  作成日 平成22年(2010)10月29日

秋はそこまで来ているのかな?

9月13日月曜日。月曜日は城跡で休館日にしているところが多いので、気にしながらの
登城が現実となりました。広い駐車場は私の車がポツンと1台だけ!

唐松城の麓にある中世の館の城門まえ迄進みましたが、本日月曜日で休館でした。
城門を背に眺めは最高~~

唐松とは、物部伝承によると、古代神功皇后が朝鮮半島の新羅を討征し、その後、
この地に遠征して韓服(唐松)神社を祀ったことから、この名があるといわれている。
唐松城は平安時代、陸奥の郡之司であった安部貞任の弟、境講師官照の強固な城であった
が、康平六年(1063)に源義家(八幡太郎義家)の攻撃にあい、落城したと言い伝え
られている。中世末期には、羽州、淀川、繋街道の重要な分岐点であった唐松城周辺は、
檜山(能代市)並びに湊(秋田市土崎)に拠点を置く安東氏の最前線基地として、数々の
凄惨を極めた戦いが繰り広げられた古戦場である。とあります。唐松岳頂上付近には主郭
と思われる平地があり『縦掘り』や『空掘り』の跡の遺構も確認でき、麓には、中世の館
を模した能舞台があります。                 現地案内板より

左端に中世の館唐松城の城門

築城者:境講師官照  康平六年(1063)
所在地:秋田県大仙市協和境字唐松岳44-2

山城唐松城への登城道

中世の館唐松城の門

中世の館唐松城の能楽殿

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